篠田桃紅氏の作品にはの白を切り裂くような、強く鋭い線から、淡く繊細な薄の色まで、多様なの表現を見出すことが出来ます。いずれも和支持体として、と水を用い「書く」行為が制作の根底にあります。それはを含んだに触れた瞬間、水気がうつり、色が浸透する、やり直しのきかない描法です。書から始まった篠田氏にとり、そうしたの特性は自然と身に馴染んだものでした。戦後、文字という枠からより自由になりたいとの思いから、抽象のかたちを求めた後も、の線と色を用い書くことが、篠田氏の表現の基本となっています。
 は風土や気候、擦り具合、の選択などによって多彩に変化し、作家の運び、手と身体の動きはそのまま線と色の跡に変換されて、の上に無限のバリエーションを生みます。絵具を用い、色と形を塗りこめていく絵画が、時に複数の人間で分担制作も可能な表現であるのに対し、こうした書くという行為は、独りで行う、祈りにも似た孤独のかたちであると篠田氏は述べておられます。人が一刻、一日と生き、生涯を送るように、今日も書き続けられるの色と線の重なりには、篠田氏の独りある生が込められています。
 本展では、書、抽象画、リトグラフなど旧作から最新作まで約50点(予定)を展示し、篠田氏の格調高い世界をご覧いただきます。